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大事なところは違うだろう。

 投稿者:モト冬木  投稿日:2011年 8月12日(金)10時31分55秒
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   ドーシンが何を思ったか執拗に第1社会面で「父が見た海」と題して、ビハール号事件を取り上げ、連載している。いったい何をいいたいのか。

 8月11日第1社会第29面「父か見た海 4 戦後66年 ビハール号事件を追う」について。


戦犯裁判 現場に責任押し付け


 札幌市の財団法人理事長秋山孝二さん(60)の亡父・宏さんは終戦2年後の1947年、香港で開かれたビハール号事件のBC級戦犯裁判に、証人として召喚された。秋山さんが生まれる4年前のことだ。秋山さんの母・寿美さん(88)によると、約2カ月後に突然帰宅した夫は「裁判のことは何も話さなかった」と言う。

 裁判では、英商船ビハール号の捕虜殺害の舞台となった軍艦「利根」の黛 治夫艦長、作戦を指揮した第16戦隊の左近允尚正司令官の2人が被告人として裁かれた。父がこの裁判で何を見たのか知りたくて、秋山さんは7月末、東京都内で左近允司令官の次男尚敏さん(86)=横浜市在住=に会った。


 特集では、捕虜を処分せよ、との口頭命令にがあったとの被告の証言について、軍中央の参謀が否定。反対尋問も許されずに、司令官が死刑、艦長が懲役7年の刑に処されたことを「現場に責任を押し付けた」とし、そうした軍の体質を暗に非難している。しかし、大事なのは違うところにあるのではないか。

 この特集4では文末を次のとおり締め括っている。


 また、勝者が敗者を裁く戦犯裁判の矛盾も、父は感じていたのではないか。当時は連合国側も、民間船を攻撃するなど国際条約違反に問われるべき行為を繰り返していた。

 裁判で左近允司令官に寄り添った弁護士は、手記で「最初から左近允氏を極刑に処することを予算に入れての、名ばかりの裁判である」と、結論ありきの裁判進行に強い不満を書き残している。

 秋山さんは尚敏さんに尋ねた。「結局、裁判に正義はあったのでしょうか」。尚敏さんは首を振り、短く答えた。
「勝者の報復のためだけに行われた裁判でしょうから」

 裁判の証言台に立ちながら、戦後、口を閉ざし続けた父。秋山さんは、その心の重しを感じた。


 解っているじゃないか、ドーシン。そう、東京裁判に正義などなく、単に勝者による報復に過ぎない。

 そんな“茶番劇”に綴られた史観を押し戴き、軍隊が悪かった、戦争に向かった責任のすべてが軍にある。だから軍隊を否定した日本国憲法があるのだ、とドーシンはウソをいい続けてきた。牽強付会である。

 東京裁判史観を否定することは、ヘーワケンポーなるものをこよなく愛し続け褒め称え、護憲という名の憲法違反を賞揚してきたドーシンの姿勢を否定することにも繋がる。だから「現場に押し付け」がけしからんと結論付けたいのではないか。
 
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