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天皇誕生日に思えらく

 投稿者:ヒノマルメール  投稿日:2017年12月24日(日)13時46分33秒
  天皇誕生日の宮中参賀に思う事
妻君のひと声で、小生たちもも宮中参賀にと 思い付いた時間は既に、11時ごろ・・
来年こそは最後のチャンス、と 諦めて翌日新聞で、写真と記事を見て読んで・・・少し、感想を、人々は 天長節の唄を知らない  知っていれば、あの場合は、自然に 大合唱になるはずの場面であった、中心者であられる天皇さまの誕生を讃える、あの名曲、を
5万2千の人々が 一言も合唱 出来ない。そもそも知らない これは異常な状態ではなかろうか?、国家の元首の誕生を祝う、ぴったりのよい唄があるのに・・・。
教育の正常化で正さなければならない、さもなくんば、知らぬうちに亡国の憂き目を見ることになろう、と思う、、 国歌君が代と同様に小学校のあたりから、昔のいわゆる、式歌を児童に伝えては行くことは、文部科学省の義務であり、みんなが式歌をしらないのは、
政府の責任であると思う。・・・・やがて  賢明なる日本人は  気づくでしょうか?
 

投稿について

 投稿者:管理人  投稿日:2017年11月29日(水)13時54分12秒
  この掲示板は「何でも掲示板」と書いてありますが、その内容は上記のごとく、軍事、政治、外交、社会、教育、歴史に関する事項です。それ以外の投稿はやめてください。そのような投稿があれば、見つけ次第削除します。
                  管理人
 

名曲一部カット原因判明

 投稿者:ヒノマルメール  投稿日:2017年 9月21日(木)14時16分12秒
    麦と兵隊  元の作詞 じゃ五番まで。
外国勢力 ソ連と米国を主とする白人列強国の干渉で、日本人はシナ大陸で、軍事作戦=大変な御苦労の連続を展開しました。この様子をまざまざと感じさせる名曲が、皆様よく御存じの「麦と兵隊」ですところが、ほとんどの場合、四番までで 終わる歌唱になっており、
定本日本の軍歌、堀内敬三著(実業之日本社)でも四番まで掲載で、
ただ一冊 (音楽の友社)長田暁二編の「日本軍歌全集」(427頁)だけ
いちばんから五番まで掲載されてあり、四番が普通カットされて普及
されいるわけで、これが元の藤田まさと氏の原作のようで、要点を

紹介すると
① 徐州徐州と人馬は進む云々②戦友(とも)を背にして道なき道を云々
③腕をたたいて遙かな空を云々
④ 眼(まなこ)ひらけば砲煙萬里  鉄の火焔(ほのほ)の狂う中  夕陽
ゆらゆら身に浴びて 独り平和の色染める 麦の静けさ逞(たくま)しさ
⑤ 行けど進めど麦又麦の云々、
という訳です。麦を兵隊にか何かに喩えて素晴らしい歌詞ですが このたび音楽界の権威者
長田暁二様から教示を頂き、元の4番カットの原因判明しました。単純な事で、レコードの録音に
入れきれない長さだったための「カット」だったそうです。味のある4番歌詞だったのに・・・・
惜しいことでした。結論:従って、我々は、藤田まさと先生にも敬意を表しつつ、時々、いやなるべく多く カットされた この歌詞も 歌いましょう。
 

空の王者ゼロ戦、

 投稿者:ヒノマルメール  投稿日:2017年 8月22日(火)11時34分59秒
          愛国の志あるかたがたに
愛国行進曲のメロデイをマスターして、 その替え歌のようにして歌ってください。
  素晴らしい唄「「空の王者ゼロ戦」(ヒゴモッコス会長より伝えられ知った唄です)

「空の王者ゼロ戦」(平成二九年)
作詞 藤井厳喜 作曲者 募集中
① 世界に冠(かん)たるゼロ戦の
見るも雄々しきその機影(すがた)
敵機は恐れ 逃げまどう
空の王者と讃(たた)えられ
太平洋を ひとまたぎ
独立自尊の大(だい)アジア
空の守りは引き受けた
ゆけゆけゼロ戦天(てん)高く
ゆけゆけゼロ戦天(てん)高く
以下  ↑繰り返し
② 世界に冠(かん)たるゼロ戦の
見るも美(うつく)しその機影(すがた)
仇(あだ)なすグラマンロッキード
鎧袖一触(がいしゅういっしょく) 敵は無(な)し
日(ひ)の本(もと)になう銀翼(ぎんよく)は
鍛えあげたる日本刀
すめらみくにを守れかし
ゆけゆけゼロ戦天高く
↑繰り返し
③ 世界に冠たるゼロ戦の
光り輝くその機影(すがた)
技術の粋(すい)を集めたる
天下無敵の戦闘機
操縦桿(そうじゅうかん)をあやつるは
忠列(ちゅうれつ)無比(むひ)の日本(にほん)武士(ぶし)
大和(やまと)の息吹(いぶ)き今空へ
ゆけゆけゼロ戦天高く
       ↑繰り返し

以上です。が私の持論ですが、この超非常時に、愛国の心を唄う事を 提唱しない「識者たち」は
よほど 「いかれてる」と感じております。
愛国行進曲・皇国の守り 元寇 愛国の花・・等々 明治の精神が今 眠っていますね。
 

含蓄ある文二つ紹介・・。

 投稿者:ヒノマルメール  投稿日:2017年 6月27日(火)07時04分33秒
  小生尊敬する方の書かれた文で二つ、同志の方々に、きっとよい参考になるだろうと思われ・・、
紹介します。
①  内から発現するのが時代の流れである。時代によって精神が左右せられるのではない。社会的地盤から精神が生まれてくるのではなく、内から理想は層一層完全なる形態に顕われようとして時代を作り、社会的構成を変えて行くのである。
②  偏狭をもって日本精神だと思ってはならない。一切包容のスッポリ一枚の衣(ころも)で全身を覆(おお)うのが日本精神である。太陽光線は無色だといっても、赤外線や紫外線の無色とはちがう。赤外線や紫外線の無色光線の中には有色光線は含まれていないが、太陽の無色光線の中には、いっさいの有色光線も無色光線も含まれているのである。
 日本は太陽の国である。太陽がいっさいの光線を包容して無色であるように、いっさいの宗教を包容しつつ、無色に同化し得るのが日本(にっぽん)神(かん)ながらの道でなければならない。
、一応:これとは、別件ですが、最近書かれた「古事記の宇宙」という興味深い本あり、これからの読む楽しみですが、、景行天皇より五代の天皇に仕えた忠臣武内宿祢の第73世武内(たけのうち)睦(むつ)泰(ひろ)氏が門外不出の「武内文書」について書いた本だそうで書評は産経新聞今年の
1月7日(土)に掲載です。それには「日本は世界に誇れる素晴らしい国家である」との事(^o^)                    (^o^)、
 

私も聴きました

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 5月 3日(水)08時47分14秒
編集済
  少国民様

お久しぶりです。ここにはあまり来ませんが、今日久しぶりに来てご投稿を拝読しました。
私も4月19日に「海道東征」を聴きました。私は一昨年11月20日に大阪で聴いて(一昨年11月22日に軍歌掲示板に投稿)以来2回目ですが、感動を新たにしました。
大編成の一流オーケストラと一流ソリストによる演奏は、昨年も大阪で行われており、今回東京で3回目となり、この傑作はかなり世に知られるようになったと思います。
合唱団も多分100人以上で迫力満点、また大人の合唱団と子供の合唱団が共演する曲目はあまりないのではないかと思います。いろいろな観点から、私は「海道東征」は日本の音楽の最高傑作と思います。

最後に演奏された「海ゆかば」も感動的でした。この曲は吹奏楽では演奏されますが、弦も入った大編成のオーケストラで演奏されることはまずありません。今後もこのような形で演奏されるのを期待しています。

奥様をなくされ、また腰を痛めておられるとの由、娘さんの送り迎えで聴くことができて本当に、良かったと思います。ご健勝を祈ります。
 

海道東征

 投稿者:少国民  投稿日:2017年 4月23日(日)16時27分38秒
  ヒノマルさま、
ご無沙汰致しております。いつもながらお元気で研究熱心なご様子の文に、懐かしく頭の下がる思いで拝読致しております。
先日の「軍歌掲示板」に大変懐かしい多くの皆様方のHNが書かれて居り、拝読しながら当時を
思い出しております。 そこで、近況を少し書いてみます・・・

 今月19日 池袋の東京芸術劇場に「街道東征」を聴きに行きました。腰を痛めておりその
上、妻が一月に亡くなってしまい一人暮らし・・これを心配して娘が”送り迎えや食事つき”で
連れて行ってくれたのです。
 久しぶりの”オーケストラ曲と合唱”に興奮し、心は「皇紀2600年」にタイムスリップし
ました。「大八洲「秋瑞穂の国」「皇国」「豊葦原」「大御稜威」等々今では耳にすることの無い(変換も難しい)懐かしい言葉が数多く出て来る合唱曲でした。
 特に最後の「海行かば」はオーケストラの演奏に合唱団が心を込めて歌い、私たち聴衆も声を上げて歌い、終わってからもしばらくは拍手が鳴りやまない状態でした。

中々「軍歌を歌い継ぐ会」には参加出来ませんが、気持ちだけは末席会員の積りで居ります。
ヒノマルさま、はじめ松木会長さま、野口さま皆さま今後とも何卒よろしく。
 

平成二十九年の紀元節を迎えて

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 2月11日(土)07時57分39秒
  今日は紀元節です。日本が生まれた日です。毎年この日が巡ってくると、この國の来し方行く末を思い、暗澹たる思いにかられます。

昨年5月オバマ大統領が広島を訪れました。原爆投下に対する謝罪はしませんでしたが、原爆犠牲者に哀悼の意を表明しました。12月には安倍総理大臣がハワイの真珠湾を訪れ、日本の真珠湾攻撃による戦死者に、やはり謝罪はせずに哀悼の意を表明しました。
この両首脳による相互訪問は日米双方でおおむね好評でした。日米双方に戦後70年以上たってもまだ残っていたわだかまりが解消されたかのような雰囲気が、多くの報道、論評などによって醸成されました。しかしこれでめでたしめでたしとしてよいのでしょうか。私は疑問に思います。

真珠湾攻撃は事前通告する前に開始され、ワシントンで通告がなされた時には戦闘はすでに終わっていました。これは日本の重大な過誤です。アメリカが怒って「リメンバーパールハーバー」と叫んだのも理解できます。しかしそうではあっても、これは軍事施設に対する攻撃でした。戦死者は2,400人くらいでした。
一方広島長崎に対する原爆投下は非戦闘員一般市民を目標とする攻撃で、投下時点だけで両市合わせて約20万人(その後原爆症などで亡くなった人を加えれば多分その2倍くらい)を虐殺した行為です。到底同列に論じられるものではありません。この二つの戦争行為は到底相殺できるものではありません。私は日本もアメリカもわだかまりを持ち続けるのが自然と思います。かって争った者同士が争いが終わった後和解するのは良いことです。然しその際大事なのは原理原則を曲げないということです。一般市民を目標にした大量虐殺行為は重大な国際法違反であるだけでなく、戦後アメリカが作って東京裁判に適用した「人道に対する罪」でもあり、絶対に許すことのできない行為です。これが日本の原理原則です。一方真珠湾攻撃は事前通告なしの「sneak attack」であり絶対に許すことのできない戦争行為である、というのがアメリカの原理原則でしょう。それで良いではありませんか。
双方ともそれぞれの原理原則を曲げる必要はありません。そのまま持ち続ければよいのです。持ち続けたからといって、両国関係になんの問題も起こりません。

昨年来安倍総理大臣はロシアと北方領土で共同経済開発を計画推進しています。この共同経済開発をロシアとの平和条約につなげるとのことです。日本にとってロシアとの平和条約締結の目的は北方4島の全面返還であり、それ以外にはありえません。北方領土で共同経済開発をやればロシアは4島返還に応ずるのでしょうか、それはまず絶対にないでしょう。4島全面返還は日本の絶対に曲げてはならない原理原則です。この原理原則を曲げてまでロシアと和解するべきではありません。4島を返さない限りロシアは日本の敵です。永久に敵として扱うべきです。だからといってロシアと戦争になるわけではありません。

一昨年12月日本と韓国は慰安婦に関して合意し、日本は韓国に10億円を支払い、韓国はソウルの日本大使館前に建てられた慰安婦像を(合意の表現はともかくとして)撤去することとしました。日本は昨年合意を守って10億円を韓国に支払いましたが、韓国は日本大使館前の像を撤去するどころか、さらに釜山の日本領事館前にも慰安婦像を建てました。立てたのは民間団体ですが、まずウィーン条約違反であり、また韓国の国内法(道路法など)にも違反するこの設置物を撤去するのは韓国政府の責任です。然し韓国政府は合意を履行しようとはしません。
これも日本が原理原則を曲げて和解しようとした結果です。そもそも慰安婦はいても「慰安婦問題」などというものは存在しないのです。「慰安婦問題」なるものは韓国がでっち上げたものです。これが日本の原理原則です。(ただしこれについては朝日新聞に重大な責任がありますが)日本は初めから、そのような問題はない、と原理原則を貫くべきところを、目先の摩擦を恐れて原理原則を曲げた結果、このような事態に至ってしまったのです。

戦後日本は東京裁判史観、自虐史観にとらわれ、和解を過剰に優先するあまり、主張すべきを主張せず、史実に反する相手の言い分に積極的に反論しませんでした。今国際社会では、韓国(一部中国も加わり)の執拗狡猾な宣伝戦により、日本は戦時中韓国中国などのアジア諸国から20万人もの女性を連行し性奴隷にした、というとんでもない大嘘が定着してしまいました。目先の摩擦を回避するためにとった外交が、日本人に未来永劫ふりかかる禍を定着させてしまったのです。和解は良いことです。しかし原理原則は、この先百年千年のために、絶対曲げてはなりません。

 

練馬の暇人様を偲ぶ

 投稿者:ヒノマルメール  投稿日:2016年11月 4日(金)08時01分34秒
  御他界されし練馬の暇人様を偲ぶ
練馬の暇人様は、小学校入学の頃から吾が国大日本帝国は大東亜戦争に突入させられて学童疎開などを経験されたはずで、愛国心の強い方であったと思われます。おそらく
終戦記念日には戦没者追悼中央国民集会の靖国神社の集いによく参加されておられ、愛国の想いを強烈に持たれる私たちの戦友でした。この靖国神社での中央国民集会は今年で第30回となるそうですが、5~6年前のこの靖国での国民集会に私が立ち見で参加した折、練馬の暇人様と故榛名さんの御二人が,天幕下のいす席に着席しておられ、挨拶を交わしたことがあり、懐かしい想い出の一つです。
「軍歌を歌い継ぐ会」の重鎮でもあった練馬の暇人様は、私ヒノマルにとって晩年で数少ない人生の戦友でもあってくれた尾澤さんでした。尾澤さんには奥様の郷里とのことで、長崎の事情に御詳しかったようで、私が長崎に二度行った折には、あらかじめ非常にユニークな「小国民資料館」と“経営者、館主の高浪さんと云う詩人”を詳しく紹介してくれて、そのお蔭で一層素晴らしい長崎逗留になりました。歴史に彩られた長崎の街々は、いささか遠いけれど、大好きになり機会あれば、再訪か、暫時住んでみたい「好きな都市」の一つになった次第で、これも尾澤さんのお蔭でした。小国民資料館は山側にあり大いに気に入って二度三度と訪ねましたが、館の主人の高浪さんは、優れた詩人・画家でした。類は類を呼ぶとか、練馬の暇人さんも、詩人的な資質を持っておられたように感じます。
私の家の東隣りは、防衛省共済組合管理のスポーツセンターでフェンスを隔てて、テニスコートが四面あり、一階の居間からもテニス楽しむ人影をチラチラよく見ますが、二階のベランダからは、殆ど全景が目前眼下一望の内なので、折々にプレイ中の姿を見るたび、テニスの好きな尾澤さんの事やお顔を思い出して来たものでした。軍歌掲示板にも書いた事ですが、黄泉(ヨミ)の世界も知り、七生報国のことばも口にする吾等日本人は、他界に移っても休むことなく活動するわけで、活動的な尾澤さんは他界で一休みの後は、またまた目覚めて 戦時歌謡等の運動に励まれるに違いないと想われます。
民族性はともかくですが、韓国・北朝鮮には、素晴らしい唄メロディがあり、ヒゴモッコスさんから習い知った「戦友よ安らかに眠れ」という名曲がありますが、又、かのマッカーサーは「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ・・」と訳の分からない一句を残していますが、日本民族は、他界しても戦死しても、決して眠らず、休まず、さらに国の為に他界にて、活動する、靖国のに祀られている英霊の各位が、正にその通りではありませんか。尾澤さんはあの世でも、眠らず休まず、日本国の為に活動を継続される事と信じています。私ごとで恐縮ながら私の尊敬する母かたの曾祖父は、農業の傍ら俳句をたしなみ一柳と号し、風流人でしたが、他界の前に「どべの世を捨てて楽しき蜻蛉(とんぼ)かな」と素晴らしい辞世の句を残しました、どべは泥の方言で、現世よりも、もっと自由に羽ばたいてゆこう、という気構えが示されていると、私は此の句が大変気に入っています。
尾澤さんは、かの世では、暫時、御睡眠、休憩の後は、再び元気いっぱいに戻られ、
ギンヤンマのように、お好きなテニスや軍歌戦時歌謡やに打ち込まれ 暫しも休まず
楽しく過ごされる事だろうと確信します。七生報国の正成のように・・・。
大切な戦友、好漢、尾澤政彦様、見えぬ世界ながら・・・、ご健闘を切に祈り、・・
        平成28年11月4日         狛江の  ヒノマル、より。
 

歳なのか

 投稿者:OB  投稿日:2016年 9月27日(火)17時28分22秒
  住んでいる地域が田舎なので、価値基準が強いか弱いかしかない。時代なのでしょうか?  

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