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Re: すかさず基地外投稿を選出掲載~読者の声

 投稿者:TT  投稿日:2012年 1月24日(火)08時21分1秒
返信・引用
  > No.4903[元記事へ]

シンボルを作って,それにみんなで一斉に狂った様に反発する。どこかで,見たことがある光景,そう,先の大戦前夜の「鬼畜米英」です。

日の丸,君が代に狂った様に反発している北教祖や道新記者のみなさんを見ていると,あの戦争に突き進んでいった人たちは,こういう人たちだったのだろうなとつくづく思います。どうして「国旗」「国歌」として普通に対応できないのでしょうか。

戦争は,日の丸や君が代が起こしたものではありません。本質を理解せずに日の丸や君が代だけを廃止したとしても,結局は同じ事を繰り返すだけではないでしょうか。廃止されるべきは,本質を理解せずに子ども達や道民を煽っているくだんのみなさまの方だと思います。
 

Re: すかさず基地外投稿を選出掲載~読者の声

 投稿者:ドキンチャン  投稿日:2012年 1月23日(月)00時29分25秒
返信・引用
  モト冬木様へのお返事です。

>少なくとも、学校行事での日の丸の掲揚や君が代斉唱は控えるべきだ。また、時間はかかってもよいから国民全体に支持される第2国歌みたいなものを作り、君が代は国賓などを迎える際に限定したらよい

この方「元教員」と書くべきでしたね
「第二国歌みたいなものを作り」で思い出しましたが
自分がよく戦中に育った父に「{君が代}は古臭いからやめて新しいみんなが唄える国歌を作るのがいい」と
意見を言っておりました。
今思いますに、それはやっぱり そういった北教組の先生の影響をモロに受けて小学校から日々
学校で思想教育されていたという事ですね。 これを読んで思いっきり思い出しました。
メーデーには旗を振りに先生が学校からいなくなり、
高校では卒業式の国歌斉唱で「手のひらをグーで突き出して反旗を示せ」と言われ
それをやる純粋な自分でしたね
 

Re: すかさず基地外投稿を選出掲載~読者の声

 投稿者:寝坊介  投稿日:2012年 1月22日(日)16時31分24秒
返信・引用
  モト冬木様へのお返事です。

いつもの道新パターンで予想通りの展開です。

>しかし、いつも分からないのは、こうした処分の対象として教員が目の敵にされていることである。

>教員は未来を託す、無限の可能性を秘めた青少年に対し、自由闊達な教育をし、指針を与える仕事で

>はないか。その教育現場を支える人たちを、君が代斉唱で起立しなかったというだけで処分するとは

>どういうことか。

無限の可能性を秘めた青少年を教える仕事だからこそ、教員個人の偏ったイデオロギーを

教育の現場で外面に出してはいけないのです。

国旗や国歌に対してのマナーを教えるという職務を遂行しないのですから、公務員である以上

処分されるのは当然でしょう。

教員が目の敵にされているのではなく、公務に携わる者は自分の主義主張ではなく法律や規則に

従って仕事をしなければなりません、ということがどうして分からないんでしょうかね。


 

すかさず基地外投稿を選出掲載~読者の声

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月22日(日)09時05分6秒
返信・引用
   最高裁において君が代斉唱拒否・不起立教師2人に対する処分取り消し判断が出た4日後、ドーシンはすかさず読者の声に基地外投稿を登場させている。

君が代不起立で処分は行き過ぎ
   山● 喜● 88

   (札幌市東区)


 学校行事の君が代斉唱の際、起立しなかったことで懲戒処分を受けた教職員に対する処分の取り消しなどを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁は「減給以上の処分の選択には慎重な考慮が必要」との判断を示した。行き過ぎたことはやめようということだから、大筋で賛成であり評価できる。

 しかし、いつも分からないのは、こうした処分の対象として教員が目の敵にされていることである。教員は未来を託す、無限の可能性を秘めた青少年に対し、自由闊達な教育をし、指針を与える仕事ではないか。その教育現場を支える人たちを、
君が代斉唱で起立しなかったというだけで処分するとはどういうことか。

 私もあの愚劣な戦争体験者の一人として、日の丸、君が代への問題については深い関心を寄せている。
日の丸、君が代は、狂気の戦争のシンボルとして、国民を誤った道へと引っ張っていったものだということを忘れてはいけない。

 少なくとも、
学校行事での日の丸の掲揚や君が代斉唱は控えるべきだ。また、時間はかかってもよいから国民全体に支持される第2国歌みたいなものを作り、君が代は国賓などを迎える際に限定したらよい。


 とまあ、とんでもない基地外だが、この●本●雄なる人物、「山●喜● 教員」でググると、“案の定”教職員の「お仲間」であることがわかる。大部分のパソコンをいじらない読者にはバレないだろうが。

 胆振管内厚岸町出身、大正12年生まれ、職業は69歳まで教員で小・中・高と経歴。そしてこんなことを言っている。

 「人間はおぎゃーと生まれたとたんに人権をもらっています。法律に関係ないのです。」

 「あの戦争は国民が起こしたものではなく指導者がやったのだ」



 おぎゃーと生まれた瞬間から人間には「人権」が授かっているのかもしれないが、それが保証されているのは人権が尊重される法律があっての話。近隣によい例の国が幾らでもあるではないか。

 また、確かにあの戦争を起こすことを決定したのは指導者だったが、その道を選択したのはほかならぬ国民だった。その現実から目をそらし、戦争の悲惨さから責任のすべてを当時の指導者に求めることは、真摯な姿とはいえない、ましてやあの時代を生きてきた人物ならなおさらだ。

 本文に戻るが、「日の丸、君が代は、狂気の戦争のシンボル」ではなく、国民をひとつにまとめるためのシンボルであって、それは今も昔も変わらない国旗・国歌なのである。

 ところが、戦後GHQのウォー・ギルト・プログラムに真っ先に乗った特定の教職員集団が、国旗・国歌をあしき象徴として怨嗟の的に祭り上げたもの。この元教師の老人もそうした類いの人物でしかない。

 第2国歌など言語道断、論外で、戦争に負けたからといって国旗や国歌をコロコロ変えるなどとは節操がない。まして子供たちに新たな門出として日本人としての自覚と誇りを教えるべき教師が、学校行事から国旗・国歌を排除せよとは、基地外としかいえない。

 戦前戦中を旧制中学最後のクラスとして生きた先輩がこう言っていた。

 「戦争時はあれほど「撃ちてし止まん」と軍事教練に力を入れて鉄拳制裁していた先生が、敗戦のとたんに教壇から「君たちこれからは人権の時代だ」と言ったとき、本当に殴ってやろうと思った」と語っていた。

 「筋を通す」とばかり国旗を引きずり降ろしたり国家斉唱時に起立をせず自己アピールにいそしみ騒ぎを起こす教師たち。この行動様式から見ると、戦後声高に人権をうたい日の丸・君が代否定する向きと、戦争中声高に戦意を鼓舞していた向きは、主義主張の違いこそあれ、根底に流れる特性・本性は何ら変わっていないということがわかる。


 しかし、最高裁が「170人のうち2人の処分は行き過ぎ」と判断したとたん、得たりや応とばかりに、このような“同じ穴の狢”投稿を、あたかも一般市民の戦争体験者の投稿のように掲載するドーシン。

 道民の少なからずはこの投稿に賛同するのかと思うと情けない。思想的に分かりやすい新聞だけにその罪は重い。
 

たかだか2/170の処分取り消しで大喜び

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月20日(金)06時15分18秒
返信・引用
   1月17日ドーシン第1社会面。ドーシンは君が代不起立懲戒処分の教師らの最高裁における判断がよほど嬉しかったのだろう。

君が代不起立 減給以上「慎重に」
最高裁 初判断 
戒告は裁量範囲内


 学校行事で日の丸へ向かっての起立や君が代の斉唱などを拒否し、地方公務員法に基づく処分を受けた東京都の公立学校の現・元教職員計約170人が処分取り消しなどを求めた訴訟3件の上告審判決で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は16日、「戒告を越える減給以上の処分の選択には慎重な考慮が必要」との初判断を示した。(判決要旨4面

 その上で、停職の2人のうち1人と、減給の1人に対する処分は「裁量権の乱用で違憲だ」と取り消した。
停職の別の1人と、残る原告の戒告は妥当と判断した。停職が取り消された原告に関しては都の賠償責任の有無を検討させるため審理を東京高裁に差し戻した。

(中途略)

 裁判官5人のうち金築裁判長ら4人の多数意見による結論。桜井龍子裁判官(行政官出身)は補足意見で、不起立行為の1回目は戒告、2、3回目は減給、4回目以降は停職と加重していく都教育委員会の懲戒を「機械的で問題がある」と批判。
宮川光治裁判官(弁護士出身)は反対意見を述べ、処分はすべて違法で取り消すべきだとした。

厳粛に受け止める

 大原正行・東京都教育長の話
 今回の戒告処分に関する判決については都の主張が認められたものと考える。減給1カ月と停職1カ月の処分については厳粛に受け止める。


停職行き過ぎ明らか

 西原博史早稲田大教授(憲法学)の話
 
真摯な信念に基づき不起立の形で筋を通したことについて、生活の基盤を奪う停職処分は行き過ぎということをはっきりさせた。起立や斉唱の職務命令自体が違法ではないからといって、命令を順守させるために何をやってもいいということではなくなった。懲戒処分は不適切とする反対意見や、信念の問題に関する加重処分は不適切と断ずる補足意見もあり、今後、処分の在り方を考える上で重要だ。


 まるで“鬼の首でもとった”ような騒ぎだが、なんのことはない。約170人のうちただ2人だけは「処分が重いんじゃね?」となっただけ。処分自体については妥当ということだ。

 また、ドーシンはあえて書いているのか、冒頭で「学校行事で日の丸へ向かっての起立や君が代の斉唱などを拒否」としているが、日の丸に向かっての起立はないだろう。せいぜい「国歌斉唱時の起立」ではないか。

 だいたいドーシンなどメディアの書きぶりもあざとい。

 そもそも「国旗、国歌」をあえて「日の丸、君が代」と書くのは、読者に対して日の丸や君が代が、国旗や国歌とすることに何かしら違和感を与えるような“こしらえ”である。

 先般ネットの無料アンケート(netcafe)で、学校行事の国歌斉唱で不起立の教師に対しては、ほぼ9割以上が批判的であり、「公務員としての職を辞すべき」との意見も多々見られた。それが世間一般の“目線”なのである。

 ところが裁判官となると5人のうち1人が反対意見。それも弁護士出身者で「処分はすべて違法で取り消すべき」とは、いかに一般人の感覚と乖離しているかがわかる。

 また、東京都教育長の話も内容からいえば「厳粛に受け止める」ではなく、むしろ「主張が認められた」ではないか。

 さらに識者の話として早稲田大「憲法学」の教授を引っ張り出しているが、その人物で妥当なのだろうか。

 案の定、その教授さんは「真摯な信念に基づき不起立の形で筋を通した」と不起立教師の行為を擁護、さらに処分の軽重についてはさておき、「懲戒処分は不適切とする反対意見や、信念の問題に関する加重処分は不適切と断ずる補足意見」に着目する。

 だが、そんなに真摯な信念ならば、職を辞することもやぶさかではないというのが世間一般の考え方である。それを「筋を通した」だとは、まさに噴飯ものだ。

 公務員という「安住の地」にありながら、公務としての職責を果たさないことについての処分には不服だから取り消せ、とは「とんだ甘え」としかいえないだろう。
 

Re: まだこんなことやっているんだ

 投稿者:ドキンチャン  投稿日:2012年 1月19日(木)11時29分21秒
返信・引用
  モト冬木様へのお返事です。

>  1月17日ドーシン第4社会面にこんな記事が。
>
> 米艦の入港拒否 道に3団体要請
>
>  在日米軍が石狩湾新港管理組合に対し、2月6~10日に米海軍のミサイル駆逐艦「マスティン」(9000㌧)の同港寄港を要請している問題で、道内の三つの
市民団体は16日、道に入港拒否を求める要請文を提出した。
>
>  
「米空母に反対する市民の会」(小樽)、「改憲阻止!労働者市民行動」(札幌)、「ピリカ全国実行委員会・札幌圏」(同)の連名で、「入港許可を米軍に出さないよう要請します」としている。3団体は同日、小樽市にも同様の趣旨の要請文を提出した。
>
>  道、小樽市、石狩市でつくる石狩湾新港管理組合は、月内に受け入れの可否を判断する。

>
>  一昨年だったか、ロシア海軍艦艇が函館に入港したけれど、こうした「市民」団体は、全く音無しで沈黙していた。
>
>  横須賀なんかにもこの手の団体がいるけれど、米海軍原子力空母入港には猛烈に抗議するけれど、南鮮海軍艦船が入港したときには、民族衣装を着て太鼓を叩いて躍りを披露しながら大歓迎していた。
>
>  わかりやすい連中だ。
まんいち小樽港や石狩湾新港に支那海軍艦船が入港申請してきた場合でも同じく要請文を提出するのだろうか。多分しないだろう。
>
>  良くも悪くもわが国唯一の「軍事同盟国」であり、まんいち日本が他国に侵攻されたときに駆けつけてくれる唯一の国に対しては嫌悪の姿勢を示し、北方領土を不当に占拠している国や竹島を不法に支配している国や尖閣諸島を狙っている国に利するような団体とは一体何を目指しているのだろうか。ドーシンは「市民団体」というけれど、本当に真っ当な日本人なのだろうか。
>
>  慰安婦を支援する日本人市民団体といい、日本人の最大の敵は(ある政治的な意図を持った)日本人だとつくづく感じるのである。

<tt>ピリカ全国実行委員会
</tt>http://pirikagento.jugem.jp/?month=201112

しかし日ロ両政府は、19世紀半ばから領土略奪に明け暮れ、そこに住むアイヌ民族の主権は一切無視されるばかりか、強制移住などによってジェノサイド(虐殺)を強行しました。私達は、アイヌ民族・北方諸民族への謝罪も賠償もなく先住権・自決権を認めない日ロ領土交渉に反対であり、2月7日「北方領土の日」の廃止を求めています。
 現在、野田民主党政権は北方諸島をはじめ、「釣魚諸島」(尖閣諸島)、「独島」(竹島)をめぐり近隣諸国と熾烈な領海・領有権争いを繰り広げ軍事的緊張を増幅させています。
 領土ナショナリズムは、諸国人民に憎悪と敵対心をつくり出すだけです。全ての議会政党や「連合」労働運動は、「北方領土の日」キャンペーンや排外主義「国民運動」の推進者に転落しています。こうした中私たちはアイヌ民族と連帯し「北方領土の日」反対集会を開きます

「北方領土の日」の廃止を!
 アイヌ民族を無視した2月7日「北方領土の日」が近づいています。日ロ両政府はこの間北方諸島をめぐって、領土ナショナリズムを前面に押し出し排外主義の煽動を行なっています。本年6月ロシア副首相の「平和条約なしでもやっていける」「領土問題はない。解釈があるだけ」という発言に対し、8月に前原外相(当時)がビザなし交流でエトロフ島を訪問するなど、日ロ両政府が「領土」をめぐるかけひきを続けています。「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を国会であげながら、アイヌ民族を無視したこのような「領土交渉」は、泥棒同士の争いでしかありません。私たちは、「北方領土の日」の廃止と「領土交渉」の中止を求め、何よりも北方諸島に先住していたアイヌ民族の先住権・民族自決権を支持する訴えを強めなければなりません。

ピリカモシリ
http://www.geocities.jp/pirika_kanto/

<tt>>一昨年だったか、ロシア海軍艦艇が函館に入港したけれど、こうした「市民」団体は、
>全く音無しで沈黙していた。
> 横須賀なんかにもこの手の団体がいるけれど、米海軍原子力空母入港には猛烈に抗議する>けれど、南鮮海軍艦船が入港したときには、民族衣装を着て太鼓を叩いて躍りを
>披露しながら大歓迎していた。

>わかりやすい連中だ。
</tt>

<tt>

大いにウケマクリです ピリカモシリと名づけても主は誰か?迷惑じゃないのかなぁ~
</tt>
 

まだこんなことやっているんだ

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月19日(木)00時07分4秒
返信・引用
   1月17日ドーシン第4社会面にこんな記事が。

米艦の入港拒否 道に3団体要請

 在日米軍が石狩湾新港管理組合に対し、2月6~10日に米海軍のミサイル駆逐艦「マスティン」(9000㌧)の同港寄港を要請している問題で、道内の三つの
市民団体は16日、道に入港拒否を求める要請文を提出した。

 
「米空母に反対する市民の会」(小樽)、「改憲阻止!労働者市民行動」(札幌)、「ピリカ全国実行委員会・札幌圏」(同)の連名で、「入港許可を米軍に出さないよう要請します」としている。3団体は同日、小樽市にも同様の趣旨の要請文を提出した。

 道、小樽市、石狩市でつくる石狩湾新港管理組合は、月内に受け入れの可否を判断する。




 一昨年だったか、ロシア海軍艦艇が函館に入港したけれど、こうした「市民」団体は、全く音無しで沈黙していた。

 横須賀なんかにもこの手の団体がいるけれど、米海軍原子力空母入港には猛烈に抗議するけれど、南鮮海軍艦船が入港したときには、民族衣装を着て太鼓を叩いて躍りを披露しながら大歓迎していた。

 わかりやすい連中だ。まんいち小樽港や石狩湾新港に支那海軍艦船が入港申請してきた場合でも同じく要請文を提出するのだろうか。多分しないだろう。

 良くも悪くもわが国唯一の「軍事同盟国」であり、まんいち日本が他国に侵攻されたときに駆けつけてくれる唯一の国に対しては嫌悪の姿勢を示し、北方領土を不当に占拠している国や竹島を不法に支配している国や尖閣諸島を狙っている国に利するような団体とは一体何を目指しているのだろうか。ドーシンは「市民団体」というけれど、本当に真っ当な日本人なのだろうか。

 慰安婦を支援する日本人市民団体といい、日本人の最大の敵は(ある政治的な意図を持った)日本人だとつくづく感じるのである。
 

Re: まだわからないの?ドーシンさん

 投稿者:出戻りヒグマ  投稿日:2012年 1月18日(水)23時10分9秒
返信・引用
  > No.4896[元記事へ]

モト冬木様へのお返事です。

まったくそのとおりですなあ。批判できる「眼」を持って読む人はともかく、鵜呑みにする人も多いでしょうからアブナイですね。

私は札幌市民ですが新幹線騒ぎをまともにはしゃいでいる人は少ないですよ。だって、この問題も最終的には「財源」の壁にぶち当たることがわかっているからです。今の政権のなんとか大臣がいくらリップサービスしようと、ドーシんが手のひら返しで提灯記事を書こうと、肝心の財源が現在本州のJR各社が払っている施設使用料年間400億円を25年以上かけてチョロチョロと使うという話でしょ。
しかも、その金だって「余剰金」ではなくすでに他で使われている金ですよ。転用できる見通しもないままに「やるやる」なんて言ったところで、他の公約と同じで結局幻に終わるだけです。

新潟県が、県内に停車しない新幹線には「地元負担金」を払わないと拒否してる話があります。どこに駅を作る予定か知りませんが、今の北海道の財政状況で地元負担金なんか払えるはずもありません。国交省が駅まで全部作ってやるなんて約束していますか?
どうしても新幹線を作るというなら、結局は消費税の増税分からでも持ってくるしかありませんが、使いもしない新幹線にそんな金を使うなんて許されません。安定したビジネス客の需要が見込めない設備投資なんてしている余裕はありませんし、税金の無駄遣いもいいところです。ドーシンのいつものダブルスタンダードにまじめに付き合ってはいけません。

>  民主党大会を斜説で批判しているが、本当にわかっていないのはドーシン自身ではないか。1月17日ドーシン斜説。
>
> 民主党大会 政権交代の原点に戻れ
>
>  政権交代の理念はどこに行ったのか。
>
>  きのう開かれた民主党大会にはそんな疑問を禁じ得なかった。
>
>  2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)で約束した政策の多くが実現の道筋すら見えない。その一方で野田佳彦首相は社会保障と税の一体改革の柱となる消費税増税へ決意を示した。
>
>  首相は「状況が変化した」と説明するが、それは言い訳にすぎないのではないか。約束を果たそうとする意欲が足りないようにみえる。
>
>  民主党は「国民の生活が第一」という原点に立ち返り、暮らしを底上げする政策の実現に粘り強く取り組むべきだ。
> (以下略)

>
>
>  はっきり言ったらどうか。政権交代の理念など最初からなく、到底不可能な「ばらまき」を有権者に約束したのは集票のための“方便”でしかなかったと。
>
>  とあるブログで面白いのがあったので、次に引用する。
>
> 民主党がやってきたことって一言でいうと「自民党が正しかったという確認作業」
>
>
> ・辺野古移設案が正しいという確認
>
> ・日米安保体制が正しいという確認
>
> ・無駄を削減してもバカみたいにお金は出てこないという確認
>
> ・後期高齢者医療制度は必要だという確認
>
> ・高速を無料にすることはできないという確認
>
> ・暫定税率を廃止したらとんでもなく財源が欠損するという確認
>
> ・官僚政治をぶっ潰すのではなく協調していくほうが良いという確認
>
> ・財源なく子ども手当てを出すより扶養控除と児童手当てを続けたほうが良かったという確認
>
> ・年金制度は簡単に一本化できないという確認
>
> ・増税なく赤字国債を減らすことができないという確認
>
> ・エコ減税、エコポイント制度が景気回復に効果的だという確認
>
> ・夢物語みたいな政治はないのだという確認
>
> ・日本の政治は日本人がしたほうが良いという確認
>
> 確認作業で2年間ドブに捨てたね、ありがとう民主信者

>
>
>  保守嫌いでリベラル大好きなドーシンは、非自民ならばと民主党のマニフェストを褒め称え、今では大したことでもない自民党の失策をことさらに強調。政権交代に一役買った。鳩ポッポを称賛する提灯記事も書いた。
>
>  だが、この結果を見よ。野田首相は気づいたし心ある国民も目覚めた。「国民の生活が第一」とは言ってみたが国が破綻したり国自体がなくなってしまったら元も子もないことがわかってしまった。
>
>  それでもまだドーシンは政権交代の原点に回帰せよとは、もはや基地外としか言えない。こんな斜説を読んで、なるほどと首を縦に振る道民もいると思うと残念でならない。
>
>  また、この斜説でこんなことも書いている。
>
>  「コンクリートから人へ」を旗印にした公共事業見直しも、その象徴だった群馬県の八ツ場ダムが建設中止から再開へ転換した。
>
>  整備新幹線の札幌延伸凍結も“公共事業の見直しの象徴”ではなかったか。八ツ場ダムはダメで新幹線の札幌延伸はよいのか?踏み絵を踏まされたかたちの函館や余市、道東や道北は冷ややかで、はしゃいでいるのは札幌と道央の観光関係者くらいだろう。
>
>  弱きをたすけ強きをくじくドーシンとしては、勇気を出して「北海道に新幹線など不要」とキャンペーンでも張ればよいのだが、そうすると札幌の有力スポンサーを失いかねないので言及しないのだろう。権力を監視する木鐸を自認する言論の府など所詮この程度に過ぎないのである。
>
>  自らに被害が及ばない安全地帯にあって相手からの反撃がない一方通行ならば勇ましい斜説を書くが、反撃の被害という利害があればたちまちへなちょことは、まさに人間のクズだろう。
 

まだわからないの?ドーシンさん

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月18日(水)17時53分52秒
返信・引用
   民主党大会を斜説で批判しているが、本当にわかっていないのはドーシン自身ではないか。1月17日ドーシン斜説。

民主党大会 政権交代の原点に戻れ

 政権交代の理念はどこに行ったのか。

 きのう開かれた民主党大会にはそんな疑問を禁じ得なかった。

 2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)で約束した政策の多くが実現の道筋すら見えない。その一方で野田佳彦首相は社会保障と税の一体改革の柱となる消費税増税へ決意を示した。

 首相は「状況が変化した」と説明するが、それは言い訳にすぎないのではないか。約束を果たそうとする意欲が足りないようにみえる。

 民主党は「国民の生活が第一」という原点に立ち返り、暮らしを底上げする政策の実現に粘り強く取り組むべきだ。
(以下略)



 はっきり言ったらどうか。政権交代の理念など最初からなく、到底不可能な「ばらまき」を有権者に約束したのは集票のための“方便”でしかなかったと。

 とあるブログで面白いのがあったので、次に引用する。

民主党がやってきたことって一言でいうと「自民党が正しかったという確認作業」


・辺野古移設案が正しいという確認

・日米安保体制が正しいという確認

・無駄を削減してもバカみたいにお金は出てこないという確認

・後期高齢者医療制度は必要だという確認

・高速を無料にすることはできないという確認

・暫定税率を廃止したらとんでもなく財源が欠損するという確認

・官僚政治をぶっ潰すのではなく協調していくほうが良いという確認

・財源なく子ども手当てを出すより扶養控除と児童手当てを続けたほうが良かったという確認

・年金制度は簡単に一本化できないという確認

・増税なく赤字国債を減らすことができないという確認

・エコ減税、エコポイント制度が景気回復に効果的だという確認

・夢物語みたいな政治はないのだという確認

・日本の政治は日本人がしたほうが良いという確認

確認作業で2年間ドブに捨てたね、ありがとう民主信者



 保守嫌いでリベラル大好きなドーシンは、非自民ならばと民主党のマニフェストを褒め称え、今では大したことでもない自民党の失策をことさらに強調。政権交代に一役買った。鳩ポッポを称賛する提灯記事も書いた。

 だが、この結果を見よ。野田首相は気づいたし心ある国民も目覚めた。「国民の生活が第一」とは言ってみたが国が破綻したり国自体がなくなってしまったら元も子もないことがわかってしまった。

 それでもまだドーシンは政権交代の原点に回帰せよとは、もはや基地外としか言えない。こんな斜説を読んで、なるほどと首を縦に振る道民もいると思うと残念でならない。

 また、この斜説でこんなことも書いている。

 「コンクリートから人へ」を旗印にした公共事業見直しも、その象徴だった群馬県の八ツ場ダムが建設中止から再開へ転換した。

 整備新幹線の札幌延伸凍結も“公共事業の見直しの象徴”ではなかったか。八ツ場ダムはダメで新幹線の札幌延伸はよいのか?踏み絵を踏まされたかたちの函館や余市、道東や道北は冷ややかで、はしゃいでいるのは札幌と道央の観光関係者くらいだろう。

 弱きをたすけ強きをくじくドーシンとしては、勇気を出して「北海道に新幹線など不要」とキャンペーンでも張ればよいのだが、そうすると札幌の有力スポンサーを失いかねないので言及しないのだろう。権力を監視する木鐸を自認する言論の府など所詮この程度に過ぎないのである。

 自らに被害が及ばない安全地帯にあって相手からの反撃がない一方通行ならば勇ましい斜説を書くが、反撃の被害という利害があればたちまちへなちょことは、まさに人間のクズだろう。
 

Re: 全国学力テスト お社説

 投稿者:ドキンチャン  投稿日:2012年 1月17日(火)00時50分15秒
返信・引用
  > No.4894[元記事へ]

的場光昭様へのお返事です。

>  原因は教育の道内地域格差でした。北海道教育委員会は学力テストの学校別順位を公表しません。私の入手した情報では、旭川市およびその周辺、札幌市および石狩地区は全国平均はおろか一位の秋田県よりも成績が良いのです。ところが郡部は異常なほど成績が低く、特に釧路、そして日高は最悪で課目によっては平均点が30点などという例もあるそうです。

なるほど、やはり札幌は転勤族も多く中央区は特に本州からの出入りがあるため
自ずと成績が底上げされますね。

>  原因は組合の圧力で教師の適正配置ができないこと。道教委は北教組とのなれ合いで教員を転勤させる時は北教組の承諾を必要とします。
>本来であれば複数学級がある中央の学校に新卒を採用して、十分に教育したうえで一人で責任をもたなければならない地方に派遣すべきところを、いきなり地方で担任、コネがなければそのまま我流の教育が続くということでした。

これはよく見かけます。例えば田舎の学校から転勤したきた何もわからない若い先生に
担任を持たせる、そのクラスには問題児がやたらと多い。学年持ち上がりの先生のところよりも 2~3人ぐらいは多いですね。受け持ちたくない問題児を転勤してきたばかりの先生に押し付ける。その結果 問題続出でした。単なる「はずれ」を引いてしまったのではありません。

>アイヌ系日本人が最も多い日高で教科の平均点が30点だという事実をはっきりしておきます。日高在住アイヌ系日本人の大学進学率の低さの原因は北教組と道教委の馴合いによる地方切り捨て教育だったのです。

ずーっと今まで書くのをためらってきましたが、
やはり アイヌと和人の結婚で生まれる子供に特殊学級等に通う子供が多いという事実があります。
この事はアイヌ系自身が一番知っていて 出産に際して恐れている事ですね。
特に日高地方では普通に語られるようです。
私が知っている限りでは 次の代、その次の代の子供に現れる事が多いです。
アイヌ系と結婚したいとこが2人いて、一人は子供が、もう一人は孫がそうですね。
そんな事で貧しさから脱却できないといえるでしょか。
独断、偏見、差別だと言われてしまうかも知れませんが、そんな例はこの地域では多く
見ることができます。悲しい現実です。

もしかしたら この書き込みは消すかもしれません
書いてる自分も嫌ですね。





 

Re: 全国学力テスト お社説

 投稿者:的場光昭メール  投稿日:2012年 1月16日(月)05時40分44秒
返信・引用
  ドキンチャン様へのお返事です。

> 北海道の子供の学力が全国で最下位であるならなおの事、
> 子供が普段の授業内容を身に付けているかを知りたい 親は多いでしょう
> 最下位の原因は貧しい親が多く、教育に無関心とドーシンは決め付けていたが、
 北海道の学力テストレベルが低い原因について二三愚見を披露させてください。
第一は、教科書!と考えて十年来、教育出版に独占されていた北海道の教科書採択の公正化に努めてまいりましたが、ここ数年ほぼ公正な採択が行われるようになったと思われ、これ以上活動するのは特定の教科書会社を利することにもなりかねませんので活動を休止しております。私どもが活動を開始した時には、教育出版がほぼ全道を独占しておりましたが、旭川・上川採択区でこれに風穴をあけることに成功しました。私が最重要と考えている国語教科書などは光村図書が全道小学校の50%、中学校が58%になっています。しかし教科書が変われば成績が上がると思っていたのは私の誤りでした。教科書採択が公正になっても学力テストはこの体たらくです。
 原因は教育の道内地域格差でした。北海道教育委員会は学力テストの学校別順位を公表しません。私の入手した情報では、旭川市およびその周辺、札幌市および石狩地区は全国平均はおろか一位の秋田県よりも成績が良いのです。ところが郡部は異常なほど成績が低く、特に釧路、そして日高は最悪で課目によっては平均点が30点などという例もあるそうです。もう退職された道教委関係者によるとその原因はハッキリしているとのことです。
 原因は組合の圧力で教師の適正配置ができないこと。道教委は北教組とのなれ合いで教員を転勤させる時は北教組の承諾を必要とします。結果としてどうなるか。新卒採用者はコネがないかぎり地方採用となり、少子化のため学級数が少なく、そこには先輩指導者おらず勝手な授業をすることになるとのことです。本来であれば複数学級がある中央の学校に新卒を採用して、十分に教育したうえで一人で責任をもたなければならない地方に派遣すべきところを、いきなり地方で担任、コネがなければそのまま我流の教育が続くということでした。これでは地域格差はますます拡大するばかりです。アイヌ系日本人の大学進学率が低いことを有識者懇談会は貧困のせいにしていましたが、アイヌ系日本人が最も多い日高で教科の平均点が30点だという事実をはっきりしておきます。日高在住アイヌ系日本人の大学進学率の低さの原因は北教組と道教委の馴合いによる地方切り捨て教育だったのです。北海道新聞はこの問題を徹底的にシリーズ地方教育再興とでも題して、公教育から置き去りにされた地方の子供たちをを救う努力をしてください。
> 今まで思いっきり手抜きしてきた北教組に 教育能力 オール1の通信簿を突きつたという事です
 北教組が本当に弱者の味方ならば、幹部は日高、釧路へベテラン教師を積極的に派遣すべきです。


 

全国学力テスト お社説

 投稿者:ドキンチャン  投稿日:2012年 1月14日(土)22時42分38秒
返信・引用
  学力テスト 見直す方向がまず違う(1月8日)

 文部科学省は、小学6年と中学3年に実施してきた全国学力テストについて、2012年度は理科を追加し、13年度は全員参加に戻すことを決めた。

 学力テストは自公政権の07年度、この2学年の全員を対象にして国語、算数・数学の2教科で復活し、年間60億円近い経費が投じられた。

 政権交代により一時は事業仕分けの対象にもされ、10年度からは全国公立校の約3割を抽出して実施する方法に縮小となった。

 学力テストは教育効果への疑問が根強く、学校の序列化を生むとの懸念がある。統計に必要なら、数年に1度で十分とする専門家は多い。

 にもかかわらず、教科を増やし、対象者を拡大する方向で見直すのは、大いに疑問だ。

 文科省はさらに、試験問題の一部を、13年度から非公開にする方針も固めている。同じ問題を繰り返し出題して、統計上の経年比較をしやすくするのが狙いという。

 テストの目的は、児童生徒が理解できていない点を把握・分析することにあろう。それを踏まえた指導で「分かる喜び」を体験させることこそ、教育の目的に沿うはずだ。

 試験問題を非公表にするのなら、その目的の達成にも支障が出る。教育より統計を優先する発想―と、受け取られても仕方がない。

 全国学力テストは私立校にも開かれてきた。参加校は当初、6割を超えたが、年々低下し10年度は24%にすぎない。「得られる成果が少ない」との声も重く受け取るべきだ。

 半面、公立校は自主参加を含めると7割を超える。横並びに加え、参加費を地方レベルで公的負担していることも大きい。道教委は独自に年間1億円近い経費を充てている。

 小中学校とも対象が最終学年であることや、実施から結果分析まで時間がかかりすぎるなどの不満も、学校現場から聞こえてくる。

 昨年は東日本大震災の影響で全国一斉ではなかったが、通常は4月実施で、結果公表は7月末から8月の日程だ。都道府県ごとの細かな分析は、年を越えることもある。

 このため、学校での教え方の改善に役立てにくいという。

 室蘭市は09年度から独自に小学3、5年、中学2年の全員を対象に業者テストを導入している。年間費用は約150万円。こちらは結果と分析が早くきめ細かくて、学習計画の修正にも役立てやすいそうだ。

 全国学力テストは、新年度予算案に40億円を計上された事業だ。

 これまでの経験をしっかりと検証する必要がある。教師の指導と子供たちの理解に役立つかどうかを基準に、抜本的な改善を求めたい。


>室蘭市は09年度から独自に小学3、5年、中学2年の全員を対象に業者テストを導入している。年間費用は約150万円。こちらは結果と分析が早くきめ細かくて、学習計画の修正にも役立てやすいそうだ。

ドーシンちょっと待ちなよ
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2010/04/20/20100420e_01.html
あやうく騙されるところだった
室蘭民報
小学6年と中学3年を対象にした文部科学省の平成22年度全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が20日、全国一斉に行われた。室蘭、登別、伊達3市でも小中全校で実施され、子供たちは黙々と回答のペンを走らせていた。

 科目は小学生が国語と算数、中学生が国語と数学。基礎知識を問うA問題、知識の活用力を調べるB問題がある。これに併せて学習の意欲や方法、環境などを調査し正答率との相関関係を分析する。

 室蘭市は小学校約760人、中学校約720人が参加した。27日には室蘭市教育委員会が独自で小学校3、5年生と中学校2年生を対象に学力テストを実施する。


全国学力テストの他に、翌年の学力テスト予備軍の学力把握の為のテストなんだよね そのために150万円(児童一人約1000円) 地方レベルの小規模テストを賛美して見せてね。
ドーシンに思いっきり騙されそうだった アブナイ アブナイ

国の抽出率は30%ですよ。だけど北海道では殆ど受けた。
これがドーシンには気に入らない。 しかも 教科が増えるのが益々気に入らない
理科、社会、英語の理解度、学力は どうでも良いらしい。
先生から 教える事への情熱が感じられない授業、効率悪く、ひどい授業を生徒が受けていて、
持っている能力が伸ばされる事もない。そんなことはどうでも良いらしい。
それでもドーシンは先生の自由の権利が大切だという事ですね
(国歌を歌わせない、スト、組合活動を妨げさせるなという事)

北海道の子供の学力が全国で最下位であるならなおの事、
子供が普段の授業内容を身に付けているかを知りたい 親は多いでしょう
(北海道の親は最下位というもの気にならないらしいが'_';
最下位の原因は貧しい親が多く、教育に無関心とドーシンは決め付けていたが、
学力テストの結果は
今まで思いっきり手抜きしてきた北教組に 教育能力 オール1の通信簿を突きつたという事です
その点でも十分価値があります

北海道の先生たちは子供の学力、授業の理解度 知りたくもないですか
一流の塾の講師を雇っても公務員先生の半分の費用ですみますよ
しかも教え方がめっちゃ上手いプロ集団です。
学校の先生は1年間ぐらいは塾へ派遣・出向され、教え方を学んだ方がいい
 

ならば「なくてもよいもの」は…

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月14日(土)11時55分45秒
返信・引用
   1月13日ドーシン夕刊「直線曲線」。いったい何が言いたいのか。

 やっぱり大事なのは「あると便利なもの」より「ないと困るもの」。イランからの輸入削減で、問われる原油外交。いつだって油断は大敵。


 ドーシンにとって「あれば便利なもの」とは日米同盟のことを示すものだろう。「ないと困るもの」は原油のことか。

 石油は欲しいし対米追従ともとれる政策は面白くない。かといって、イラン制裁の大義名分は国際社会が非難する「核開発」に対するものなので、ドーシンとしても真っ向否定できない。

 イランがホルムズ海峡封鎖を強行すれば、欧米は間違いなく軍事力を行使して海峡封鎖を解こうとする。そのときに夢想平和主義、軍事力否定論者ドーシンは「あくまで対話で解決を」などと空理空論を吐くのだろう。


 「ないと困るもの」が原油を暗示するのなら、「なくても困らないもの」或いは「なくてもよいもの」はドーシンのこととして暗示できるだろう。
 

気に入らない「民意」に対しては、陰に陽にねちねちと執拗に批判

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月12日(木)06時26分40秒
返信・引用
   原子力発電所が立地する泊村の村長選についてドーシンは原発との共存を訴える現職が無投票再選を決めたことがよほど気に入らないとみえる。明けて1月11日の朝刊は、恨み節のオンパレードだ。

 朝刊総合1面。

泊村長 牧野氏、無投票再選

 【泊】北海道電力泊原発が立地する後志管内泊村の村長選は10日告示され、同日午後5時で立候補の届け出を締め切った結果、現職で再選を目指す「原発容認派」の牧野浩臣氏(65)=無所属=以外に届け出がなく、牧野氏の無投票当選が決まった。(解説4面、関連記事28面

…(中途略)…

 しかし、
原発関連の交付金などは今後、減っていく見通しにあることから、村内には政策転換を求める声もあり、村議の一部が対抗馬擁立を探った。共産党や脱原発を掲げる後志管内の市民団体も候補擁立の動きを見せたが実現しなかった。


 どこから拾ってきたのか村内の「政策転換を求める声」を披露するも、眉唾ものである。ドーシン記者の幻聴ではあるまいか。

 次に関連記事総合4面の解説は、次のとおり。

住民意識変化問えず
泊村長無投票再選 原発への不安解消を

<解説>10日の後志管内泊村長選で現職の牧野浩臣氏が無投票で再選し、北電泊原発との「共存路線」は継続されることになった。だが、東京電力福島第1原発事故後、村内には不安が広がっており、従来以上に安全性をチェックするとともに、将来的には過度に原発に依存しない村政が求められる。

 昨年10月、近隣の岩内町長選では現職が3選したものの、脱原発を掲げる共産党前町議の新人が出馬し、基礎票を大きく上回る1600票余りを獲得した。

 一方、泊は選挙戦にならなかった。
原発のあり方が議論されることはなく、村民の意識がどう変わったのかを示す機会も失われた。反原発派が目指した対立候補擁立が実現しなかったのは、原発の存廃以外に村づくりの姿を示せなかったのも要因だろう。(以下略)


 「原発のあり方の議論などしなくてよい」というのが村民の「民意」なのだということにドーシンはもう気づくべきだろう。いや、あえて無視しているのか。

 この記事でさらにドーシンは「牧野氏は北電の一連の「やらせ問題」を厳しく批判する反面、村長選では北電の支援も受けた。」と、村長と北電の仲を批判しているが、組織として利益を代表する候補を支援することのどこが悪いのか。連合や北教組などは大手を振って組織的に特定候補を支援しているではないか。労組なら良くて私企業なら悪いのか。

 次に関連記事、社会面28面ではどうか。

泊村長 無投票再選
原発との共存継続


 【泊】北海道電力泊原発を抱える後志管内泊村で10日告示された村長選は、原発との共存を掲げる現職の牧野浩臣氏(65)が無投票で再選された。東京電力福島第1原発の事故後、道内でも「脱原発」の機運が高まるが、牧野氏の無投票再選は、過疎化などさまざまな地域課題を抱え、原発への賛否だけでは割りきれない原発立地の複雑な事情をあらためて浮き彫りにした。(1面参照

安全対策の拡充強調/将来像に疑問も


………

 ただ、村長選で北電の支援を受ける牧野氏にとって、原発との共存は基本路線。街頭演説では「道内電力の4割を原発が供給している」と、泊原発の存在意義に熱弁を振るった。陣営幹部は「北電との共存共栄を訴えることが、村民の支持を最も得られる」と指摘する。

 泊村に国から支払われる2011年度の電源立地地域対策交付金は約5億4千万円。これに加え、村に入る原発関連の固定資産税は約27億円。一般会計約41億円の8割を「原発」が支える計算で、原発なしには予算が組めないのが実態だ。

…(以下略)…



 以上のように、今回の原発共存派現職村長の無投票再選はドーシンにとっては「望まざる結果」だったのである。

 「過疎や高齢化に悩む小さな村」の一般会計の「8割を「原発」が支える」のも、「原発のおかげで生活が成り立っている人も多く、村内で声を上げるのは難しい」のも事実であるが、「道内電力の4割を原発が供給している」のも事実なのである。要するに書き方の問題だ。

 原発依存度が高い小さな村の選挙結果は「民意」とは言えない、という向きもあるが、ならば選挙以外で「民意」を問う方法があれば教えてもらいたいものだ。公聴会やら何やらは、村外から動員された「外人部隊」が大挙してやってくるだろうし、それこそ村の「民意」ではない。

 私は原発推進派でも脱原発派でもないが、容認派の動きにはヤラセだサクラだ動員メールだと批判する一方で、反原発派が何だかんだ動員をかけ数を頼みに声高に叫ぶのは黙認・賞揚するドーシンなどメディアの姿勢には疑問を感じるのだ。根底には企業=雇用側は悪で労働者=労組側は善という不文律があるのだろう。
 

最も手っとり早い方法がある

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月11日(水)12時03分13秒
返信・引用
   1月10日ドーシン第2社会26面「韓国 中国人の逮捕状請求」「日本大使館火炎瓶事件 日本人女性と入国」について。


 【ソウル共同】韓国の鍾路警察署は9日、ソウルの日本大使館に8日に火炎瓶を投げ付け拘束された中国人の男(37)について、火炎瓶関連法違反の疑いで逮捕状を請求した。男は先月26日に成田空港から日本人女性と共に入国し、韓国内でもしばらく一緒に行動していたことが判明。警察当局は女性が犯行に関係があるかどうかも調べる方針。男は女性に関する供述を拒んでいる。(以下略)


 日本人女性の割り出し?なぁに簡単なこと。VAWW―NETやその関連の「日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会」の連中をシメあげるとすぐわかるんじゃないの?
 

思い通りにならぬ「民意」にドーシンの苛立ち

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月11日(水)06時34分40秒
返信・引用
   ドーシンにはお気に入りの「民意」と“あずましくない「民意」”があるようだ。いずれにせよ、評価基準はドーシンのお眼鏡にかなうかどうかなのである。

 1月10日ドーシン夕刊「直線曲線」。泊村長選で現職の原発共存派が無投票なのがお気に召さないらしい。

 原発めぐって、どこにどんな民意が―。誰もが一番知りたいことが見えぬまま、泊村長選が無投票当選の公算。これも民主主義ではあるが。


 沖縄の米軍普天間基地県内移転反対派のバカ騒ぎは「民意だ」と褒め称え、法令に則った環境アセス提出を阻止する暴徒を応援、早朝の提出に「県民の心を踏みにじる」と怒りの筆を振るったドーシンと共同通信ファミリー。

 だが、その「民意」なるものも県内外各地から“動員”かけて集められた活動家、いわば一部の基地外。

 ところが今回の村長選が無投票となったのは、まさしく「民意」であって、茶番や動員ではない。

 脱原発の対抗馬が出てこないのがよほど悔しいのか、夕刊一面でこう書いている。

 村内では福島の事故後、原発への不安が高まったものの、原発なしでは村の将来の展望が描きにくい上に、関連の交付金などによる手厚い行政サービスの継続を求める声が強い。

 昨年10月の同管内岩内町長選で脱原発を掲げて公認候補を擁立した共産党や、同管内の脱原発市民団体が候補擁立を模索したが、断念した。



 要するに、村人はカネと行政サービスにしばられており、同管内の村外からの候補を立てても勝てないと知って断念した、と。失礼な話だ。

 ドーシンがいう望ましい「民主主義」とは、ドーシンのお眼鏡にかかったものだけか。泊町長選は無投票で現職が再選した。万一対立候補が出て現職が負けたとした場合「民意は脱原発」などと書き立てたかったのだろう。しかし意に反した結果になった。なぜ、大々的に「民意は原発継続」と報道しないのだ。
 

一地方紙が世界について語るからバカなのだ。身の丈に合った斜説を書け

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月10日(火)17時50分10秒
返信・引用
   ドーシンは最近、脱原発がらみで省エネを褒め称え賞揚する傍ら、自由主義経済社会を否定的に書き、物欲を否定し身の丈に合った経済や生活に戻れと囁く。

 しかし、もっとも身の丈に合っていないのはドーシンの斜説や多苦情四季なのである。世界の中で日本の進むべき道など、一左翼地方紙にとっては明らかに僭越。どうせ平和国家だの平和憲法だのと結論付けるだけだ。そんな1月9日の斜説。


国際社会の課題
危機克服へ幅広い協力を


 世界の多くの国々の屋台骨が揺らぎ、きしみを上げている。

 債務危機にあえぐ欧州、財政赤字と不況への対応が続く米国。国内総生産(GDP)2位の経済大国となった中国でも、貧富の格差などへの国民の不満が高まっている。

 未曾有の大震災と津波に見舞われた日本は欧米の混乱のあおりで、歴史的な円高に苦しめられている。

 中東では民主化運動「アラブの春」が吹き荒れた後、新しい国造りの作業は滞りがちだ。

 そんな危機の中、多くの国や地域で今年、指導者の選挙や政権交代が相次いで行われようとしている。

…(略)…

  平和外交生かしたい

 現代の国際社会には、各国の説得を無視して核開発を続ける北朝鮮やイラン、また一党独裁体制を守る中国などの存在がある。

 広範な協力体制構築に向け、意見の一致を見るには大きな困難を伴う。緊急の課題に際し、国連がしばしば効果的な対応をとれずにいることはその証左だろう。それでも危機克服へ対話を重ねながら、一歩一歩前に進まなければならない。

 
日本総研理事長の寺島実郎氏は元旦の本紙のインタビューで「国際社会から恨みを買ってこなかった(日本の)平和外交の蓄積は大きな財産。全員参加型秩序の時代では、公平な立場でものを言える貴重な立ち位置が、より重要なものになるだろう」と語っている。

 冷戦終結後20年以上たっても新しい国際秩序はなお見えない。その構築に向け、日本が重要な役割を果たせる可能性は十分あるだろう。

 平和憲法を持ち、唯一の被爆国として非核三原則を保持する日本の存在を生かし、各国を結びつけていく外交を精力的に繰り広げたい。

 とりわけ重要なのは、不透明感の強まる北東アジアでの対応だ。北朝鮮では昨年12月に最高指導者、金正日総書記が死去し、今後の情勢は見通せない。

 
中国や韓国との協力が欠かせないが、日本は両国との間で歴史問題を抱える。相互信頼を築けない限り「平和国家」は看板倒れになろう。中韓両国との関係をさらに強固にしなければならない。

 北東アジアの安定を、新たな国際秩序構築への礎としたい。



 「危機克服へ」だの「新しい国際秩序」だのと大言壮語を吐いているが、ふたを開ければ、バカの一つ覚えの「平和外交」やら「平和国家」などといった空虚で中身を伴わない抽象論である。

 東西冷戦が終わって20年というけれど、それは世界を二分した大規模戦争が起こる可能性がなくなったというだけのことで、世界各国が善意を取り戻して手を繋いで、ただちに大団円となることを意味しない。それはドーシンの勝手な“思い込み”であり、幻想なのであって、むしろ世界はさらに混沌を深めている。

 また、日本がいま現在まで存在しているのは「平和憲法を持ち、唯一の被爆国として非核三原則を保持」していたからではなく、全方位外交の美名に惑わされることなく、日米2国間の軍事同盟を結び米国の核の傘に入り、憲法解釈を改め自国を防衛する戦力を育て維持してきた賜物であるという認識に立脚していなければならない。それなくして、平和だの信頼だのと述べても単なる美辞麗句の掛け声だけでしかない。

 とりわけ重要なのは、支那や南鮮は歴代の日本政府が道義的問題=歴史認識に弱いということを学習していることだ。ドーシンは支那、南鮮と「相互信頼」を築くために、関係を強固にせよという。しかしそれは、相手の言い分をすべて飲み、南京だ慰安婦だといったことに異論を挟まずに土下座しなさいということを意味する。

 支那や南鮮は「国交回復」やら「正常化」の節目となる時期に合わせるように、ありもしない南京大虐殺の映画を大々的に賞揚したり、慰安婦問題を再燃させたりしているのが何よりの証拠で、それらはすべて日本政府をへこませるための道具・プロパガンダで北京、京城の意図が含まれているのである。

 大見得切って、いち地方紙風情が世界を語るのは僭越である。おとなしく道民のお茶の間に則した話題くらいにしておけば、馬脚を現さなくて済むんだろうに。
 

Re: 地球市民のたわごと

 投稿者:道新の常識は道民の非常識メール  投稿日:2012年 1月10日(火)11時03分46秒
返信・引用
  > No.4886[元記事へ]

モト冬木様へのお返事です。

>欧亜大陸東縁の弧状列島の住民も世界の連帯に役立つ行動をしたい
>選ぶ人も選ばれる人も、人類出現のはるか以前に一塊だった大地を想像してほしい」。
その人類出現のはるか後、今から僅か700年前に出現し、明治に滅んだアイヌを煽って日本国および天皇を批判してやまないのが道新であります。
 

地球市民のたわごと

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月 7日(土)13時18分42秒
返信・引用
   地球市民とは困ったものだ。理想や連帯により、民族や国家という「しがらみ」をいとも簡単に飛び越えられると考えているようだからだ。ノー天気というほかない。

 1月6日、多苦情四季はそんな地球市民の“たわごと”なのだろう。

地球儀をじっくり眺めてみる。大西洋に面した南米大陸東側の海岸線の出っ張り具合とアフリカ大陸の西側のへこみに注目すると、一対の凸と凹で、近づけるとピタリと合うことに気づく▼…(略)…▼年が明け、米国では11月の大統領選に向けてオバマ大統領の対抗馬を決める共和党の候補者選びが始まった。今年はロシア、フランス、中国、韓国などでも指導者が代替わり期を迎えるため「スーパー・イヤー」と呼ぶ人もいる▼私たちはそれぞれの「選択」が他大陸に住む人の暮らしに即座に影響を及ぼす時代に生きている。世界は主要国だけで構成されているわけではないが、結果次第では政治地図に地殻変動が起きるかもしれない。願わくば、選ぶ人も選ばれる人も、人類出現のはるか以前に一塊だった大地を想像してほしい▼欧亜大陸東縁の弧状列島の住民も世界の連帯に役立つ行動をしたい。2012・1・6

 世界の主要国の政治地図に“地殻変動”を期待しつつ、ノー天気に「選ぶ人も選ばれる人も、人類出現のはるか以前に一塊だった大地を想像してほしい」と夢想する。

 だが世界はけしてドーシンが望むような善意に満ちているわけではない。むしろ憎悪がそこかしこに渦巻いていると見るべきで、例えばイスラム原理主義はイスラエルを根絶やしにしなければ収まらないし、支那帝国はアジアのすべてが自らの足元に額ずかなければ気が済まないのである。

 そうした国々は、かつて一塊だった大地を想像するかもしれないけれども、それはあくまでも「彼らの価値観が造り出した世界観」でなければならないという、不寛容の世界なのである。


 明らかにわが国・日本人のことなのだが、「欧亜大陸東縁の弧状列島の住民」と、もって回った言い方で表現し、ドーシン自らを日本人を超越した高みに置きながら、日本を「弧状列島」として俯瞰し「世界の連帯」などという空虚な言葉で粉飾する。

 この「日本に対する周辺国の悪意に満ちた極東の世界」で、いまだに善意の連帯に国の安全を委ねる気でいるのだろう。日本が滅びても世界が一体であれば良いのだろうか。だから地球市民=ドーシンはどうしようもないバカなのである。
 

新年からミスリード。寺島実郎ふぜいを重用

 投稿者:モト冬木  投稿日:2012年 1月 5日(木)18時09分53秒
返信・引用
   ドーシン風情が、新年から大上段に構えて「2012年に日本のとるべき進路」などとは僭越であるとの自覚からか、ドーシンと思想的に近い人物に語らせている。

 その人物とは、あの関口のサンデーモーニングでもお馴染み、鳩山元首相の指南役ともいわれた寺島実郎である。お題は「リーダー 今こそ正当性を」である。

 主要国の選挙などで、大きな変化を予感させる2012年。世界の潮流をどう捉えたらいいのか、そして日本のとるべき進路は―。日本総研理事長の寺島実郎氏に聞いた。(東京報道 沢田信孝)


 現在、世界秩序を維持しているのは欧米、日本に新興国を加えた20カ国(G20)といわれる。だが、いまやその状況もすでに突き抜け、あらゆる国が参加する「全員参加型秩序」でなければ、世界は持たなくなってきた。

(中途略)

 では、全員参加型秩序の時代でリーダーの資格がある国はどこなのか。それは景気づけに言うのではなく、本気で日本と考える。

 日本は戦後、他国への軍事介入を一切していない。自衛隊のイラク派遣はあったが、治安出動という、ぎりぎりの地点でとどまった。これは先進国ではまれなケースだ。中国、韓国とは微妙な歴史認識の問題を引きずっているものの、総じて国際社会から恨みをかってこなかった。
平和外交の蓄積は大きな財産。各国の利害がこれまで以上に複雑に絡み合う全員参加秩序の時代では、公平な立場でものを言える貴重な立場が、より重要なものになるだろう。

 日本はこの立場を自覚すべきだが、
現実の外交は米国との2国関係の中で、国際社会の立ち位置を確保する古い体質から抜け出ていない。東日本大震災から10カ月近くもたつが、国のリーダーは強いメッセージとして「その方向に進んでいこう」と国民の目を輝かせるビジョンを放っていない。震災からの再生を成し遂げるとともに、新しい価値観に基づく世界秩序づくりに向けた戦略を早急に打ち立てることこそが、日本が世界の期待に応えることなのだ。


 「大きな変化」、「全員参加型秩序」、「日本の外交は対米2国間基軸の古い体質」、「新しい価値観」…、いずれももっともらしいがしかし空虚な“キーワード”を並べ立てるのがこの人物の特徴だ。中身がないのである。

 「全員参加型」とはいいながら、世界はいまだ東西冷戦の流れを引きずっており、事実上はイスラム圏の暴れん坊に手を焼きながらも世界は常任理事国の主要5カ国とそれを取り巻く国家が世界の枢要を担っている。

 したがって、論の根拠となる「全員参加型秩序の時代」自体は寺島の感想に過ぎないのである。

 寺島の論旨は「日本は戦後、他国への軍事介入を一切していない」のだから「総じて国際社会から恨みをかってこなかった」ので、日本は「公平な立場でものを言える貴重な立場」だという。

 したがって日本はその“立場”を自覚し「米国との2国関係の中で、国際社会の立ち位置を確保する古い体質」から抜け出し、「新しい価値観に基づく世界秩序づくりに向けた戦略」を早急に打ち出せと。

 この人物は鳩山内閣のシンクタンクといわれた男である。ドーシン読者には、是非ともこの寺島が言い出したと思われる鳩山の一連の発言と、その結果どうなったのかを思い出してもらいたい。

 「普天間基地移転は少なくとも県外」、「日米中正三角形」、「東アジア共同体」及び「アジア重視」という一連の発言。これはまさに寺島が言う「新しい価値観」なのだろう。確かに米国との2国間における立場から距離を置くという姿勢を見せた。

 しかしその途端に、支那は尖閣諸島沖で漁船衝突事件で日本に対する強硬姿勢を見せ、竹島には韓国議員が上陸し、北方領土にはロシア大統領が上陸した。いずれも米国がほんとうに日本の「後ろ楯」として動くのか、試したとしか思えないのである。

 団塊サヨクの寺島は、わが国が日米の2国間での関係を基軸とするのが嫌で、なおかつ他国に軍事力を行使したことがないことを至高の成果と褒め称え、日本国憲法の正当性に収斂させたいだけなのである。

 正月早々道民を誤導するドーシン。寺島はそんなドーシンに好都合な人物なのである。
 

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